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芭蕉の【奥の細道】北陸道中 

奥の細道

越前・加賀には芭蕉と門人曽良が行脚した足跡が今も残されています。
芭蕉の句碑やゆかりの地をたどりながら
 「奥の細道」
の北陸道中を訪れてみるのもいいですね。


●称念寺(福井県坂井市丸岡町)
「月さびよ 明智が妻の はなしせむ」
自分の黒髪を売って銭に替え、夫の面目を立てた、明智光秀の糟糠の妻を思って詠んだ句碑が残る。かつて称念寺の門前に、落ち延びてひっそりと暮らしていたことがある明智夫妻の話が語り継がれ、芭蕉の耳にも入ったのであろう。


●汐越の松(福井県あわら市浜坂)
「越前の境 吉崎の入江を舟に棹して汐越の松を尋ぬ
 終宵 嵐に波をはこばせて 月をたれたる汐越の松  西行
 此一首にて数景盡たり もし一辨を加るものは無用の指を立るがごとし」
文学碑にはこう刻まれている。この筆蹟は、門人素龍が芭蕉の依頼で清書したもの。


●全昌寺(石川県加賀市大聖寺)
「庭掃きて 出でばや寺に 散る柳」
芭蕉が泊めてもらったお礼に庭を掃き清め、出発しようとしているのを、寺の僧たちがぜひ一句をと頼み、詠み残した句。今でもその柳を偲ばせるように柳が植えられ、句碑もある。また、芭蕉が泊まったという部屋は、茶室として復元されている。


●医王寺(石川県加賀市山中)
元禄2年、奥の細道の旅に出た芭蕉は、7月27日、曽良、北枝を伴って、山中温泉に到着。翌日、旅の疲れを癒した芭蕉は、夕方から薬師堂(医王寺)に参拝した。医王寺には、8泊9日の逗留を終え、旅立つ時に残していったといわれる忘れ杖と、芭蕉坐像が所蔵されている。


●菊の湯(石川県加賀市山中)
「やまなかや 菊はたおらじ ゆのにほひ」
この句には、「このところは扶桑三の名湯のその一つなりと。まことに浴する事しばしばなれば、皮肉うるほひ筋骨に通りて、心神ゆるく、ひとへに顔色をとどむる心地す」という前書きがあり、温泉に浸かって身も心もほぐれた芭蕉が想像できる。


●黒谷橋(石川県加賀市山中)
この橋の上流では、かつて漁火を焚いて魚を捕る「夜川漁」が盛んだった。
「いさり火に かじかや波の 下むせび」
漁火を恐れ小石の間にじっとしている鰍(かじか)のむせび泣きを感じたのであろう。また、渓流の音を聞いて「行脚の楽しみここにあり」と手を打って喜んだと山中の俳人自笑が記している。





芭蕉になりきり一句ひねるのもいいかも
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